フィリピンの現地時間で13時10分ごろマニラ空港へ到着した。残念ながら、到着時の空港の写真は撮影していなかった。フライト中にフィリピン入国のための申請書を渡されていたのだが、フライト中は(どういうわけか)書かなかった。空港に到着してから、記入した。たしか、どこの国経由でフィリピンへ来たのかというのを記入した。アフリカから来た場合等は伝染病の恐れがあるかもしれないので、そのような記入をするみたいだ(注意:正確なことはわかりません)。空港へ到着して、すぐに驚いたのは、多田さんが早速タガログ語で現地の人々に「マガナハッポンポー」と挨拶をしていて、心温まるコミュニケーションをしていたことだ。多田さんといるときは、外人と会うことが多いのだが、いつも、外人よりも多田さんの能力に驚かされる。入国審査を済ませると、ベルトコンベアから流れてくる荷物の回収に向かった。この時、早速Wifiを使って、Facebookに「無事にマニラに到着!」と報告をした。荷物を無事に回収すると、マニラ空港にあるタクシー乗り場の「H」というプレートが出ている場所へと向かった。

ここで、話の角度が一旦変わる。多田さんがフィリピンの話をし始めた頃から、僕もフィリピンの友人がいたらいいなぁ、と思い、「Language Exchange.com」という言語の交流マッチングサイトで、「プログラマ」をキーワードにフィリピンの人々を検索した。すると、20代後半の女性プログラマで「Verbery Lee」(バーバリー・リー)という女の子がヒットして、早速友達になってほしいとメッセージを送ると、その子は快諾のメッセージを返答してくれた。多田さんと僕は彼女の名前を略して、ベブちゃんと呼んでいる。

彼女はフィリピン人の母と中国人の父を持ち、フィリピンでも「マカティ」という富裕層が住む街に住んでいた。日々SQL(データベースを操作するコンピュータ言語の一つ)でプログラミングをして、女性ながらにプログラマをしているすごい子だった。

今回のフィリピン旅行に当たって、初日はベブちゃんに会おうという計画になった。もちろん、僕も多田さんも対面するのは初めてだ。9月19日を迎える前から、フィリピンへ行くということは、伝えておいて、9月19日は、マニラ空港のタクシー乗り場の場所「H」で落ち合おうということになった。

空港に着き、タクシー乗り場のHに向かうと、空港でたむろしている人々が「Do you get Taxi?」(タクシーのるかい?)とか「Can you help me?」(荷物持ちましょうか?)等と話しかけて来た。海外旅行で初めて知ったことだが、こういう勧誘系の会話には絶対乗ってはいけない。僕たち日本人は外国人からすると、甘っちょろい無防備な金持ちのシロウトと思われている。絶対にぼったくられる。下手をすると命の危険にまで及ぶ。まあ、今思うと、空港内だから、そこまではいかないかな・・・。

タクシー乗り場のHに到着すると、ベブちゃんはまだいなかった。約束時間は、13時30分だったが、到着したのは、13時45分ごろだったからだ。おそらくベブちゃんはあたりに僕らを探しに行ったのだろう。僕らも周りをうろうろしていたら、女の子を見つけた。ベブちゃんだった。

僕たちは英語でお互いに挨拶をした。ベブちゃんはすごく礼儀正しい女性だった。英語で穏やかに、失礼がないように挨拶をしてきた。それに対して僕はちょっと興奮していて、それに気がつかなかった(今思うと)。僕は配慮に欠けるところが多い・・・(残念ながら)。

マニラはマニラ湾の夕日が綺麗だと聞いていたので、ベブちゃんに夕日を見れるところはどこかをマニラにくる前からE-mailで尋ねていた。すると「Mall of Asia」(モール・オブ・アジア。マニラ湾に面したショッピングモールの一つ。フィリピンの人々が発音すると「モロベイシャ」と聞こえる)へ行くのがいいと言ってきたので、ベブちゃんに「モロベイシャ」に連れて行ってもらうことになっていた。

マニラの街並み
マニラの街並み

しかし、「モロベイシャ」に行く前に、まずクバオという街にある僕たちが宿泊するホテルに行こうということになった。日本以外のアジアの経済的成長は近年目を見張るものがある、と言われるが、マニラには、まだ地下鉄がなく、地上の電車も時間通りに来ない貧弱なものだった。そこで交通手段はタクシーということなるのだが、マニラは世界的に交通渋滞で有名なのだ。信号が極端に少ない。本当にたまに信号を見かけるが、ほとんどのフィリピン国民は赤信号で横断してしまう。いつ、人が轢かれてもおかしくないほどの渋滞だった。

僕たちがベブちゃんと落ち着いたのは、14時ぐらいで、クバオのホテルまでは、距離的に20,30kmないんじゃないかと思われたが、慢性交通渋滞のせいで2時間はかかるという見積もりだった。そこから、モロベイシャに行くと、モロベイシャには17時30分頃到着ということだった。

フィリピンは物価が安いと言われる。タクシーで、飛ばしても日本円で300円ぐらいしかかからないと言われている。しかし、普通のタクシーはぼったくったり、そのことを追求すると拳銃が出て来たりする例があるというぐらい、日本人にとっては危険がある。空港からホテルまでは、空港のタクシーを使うことになったが、空港のタクシーは日本のタクシーと同じぐらいの料金をとられるが、そういった危険はまず無いというセーフィティなものだった。

三人で空港のタクシーに乗ると、クバオのホテルへと向かった。ホテルの名前は「Fersal」(ファルサール。スペイン語らしい)という名前だった。フィリピンに旅行することになって初めて知ったが、歴史的にみると、フィリピンを開拓し、植民地としたのはスペインの人々だ。日本で関ヶ原の戦いをしていた頃(1600年代)にスペインの人々がフィリピンへ上陸したという。だから、今日(こんにち)フィリピンの上級階層の人々はスペイン語を話すということだ。フィリピンの女性でも、南国的な丸い感じではなく、スラっとした背の高い女性はスペイン人の血が混じっているということだ。

16時ぐらいにFersalホテルへと到着した。

ホテルがある通り。実際この写真は9月20日に撮影した。
ホテルがある通り。実際この写真は9月20日に撮影した。
ホテルがある通りにある、小さな商店。
ホテルがある通りにある、小さな商店。
ホテルがある通り。日本では見られないバイク「トゥクトゥク」が走っている
ホテルがある通り。日本では見られないバイク「トゥクトゥク」が走っている

ホテルに到着すると、早速チェックインを英語ですることになった。試しに、僕が「We have a resavation」と発音したつもりだったが、受付のフィリピン女性には通じなかった。見かねた多田さんが対応してくれた。僕の英語はまだ、世界で通じなかった・・・。ホテルのロビーで、ベブちゃんに待っていてもらうと、部屋へと向かうことになった(といっても受付側の階段を使って2階に部屋はあったのだが)。

ファルサールホテルは一泊¥3,000ぐらいだった。日本のホテルの料金と比較すると格安のホテルなのだが、現地の人からするとこの金額でも激高なのだそうだ。現地の一般人は利用しないという。ちなみに、フィリピン滞在中にかかった費用は多田さんがすべて、自前のクレジットカードで支払ってくれて、帰国後、日本円で僕の負担分を返すということになった。(今だからわかるが)フィリピンは台湾やシンガポールと比べてATMがある場所は少なくて、限られれている。持金不足にならないよう、ATMに寄る時間をちゃんと考慮するべきだと思う。

多田さんは、海外でのマナーというか、世界の常識というのを、ちゃんと考慮する人だった(こういうところが、多田さんは魅力的だ)。ホテルでキーを貰うと荷物を部屋に運ぶボーイさんにチップを渡していた。ところが!ボーイさんはそのフィリピンの通貨を見ると、何かを悩み、受付へと走って行った。すると受付の女性が「These money are no longer use!」(このお金、もう使われていないわ!)と言って来た。多田さんが渡したチップは、多田さんが20代にフィリピンに来た時のお金だった。この始終はすごく面白かった。

チップを財布に戻す多田さん
チップを財布に戻す多田さん

部屋は小さかったが、思っていたよりも清潔だった。髭剃りはなかった。バスタブも無い。多田さんが言うには、海外の多くには湯に浸かる生活習慣がないそうだ。その夜シャワーを使ったが、水圧は最悪で、チョロチョロとしか、お湯がでなかった。日本の設備の高水準を海外に求めると、単なる贅沢な人という物の見方をされてしまい、そうなると、損をするのは自分なのだ、と今は思う・・・。

荷物を部屋に置くと、待たせているベブちゃんがいるロビーへと戻り、タクシーを拾ってモロベイシャへと向かった・・・。

(この時、初めて、Uberというのを知った。最後のタクシーというのは、ベブちゃんが呼んでくれたUberのことだ)